古儀茶道藪内流の精神を味わいながら、伝統文化を和やかに学ぶ研究会のご案内です。

古儀茶道薮内流新宿研究会
古儀茶道藪内流新宿研究会のご入会案内

イベント 2022

2022年1月8日 京都家元初釜

参加者 瀬川隆生

正月に相応しい、綺麗な冬空の一日でした。藪内宗家の初釜茶会に招かれて参加して参りました。寄付待合・談古堂から始まり、利休から贈られた茶室・雲脚で主菓子をいただきました。製は末富で、銘は寅だったと記憶しています。そのあと、織部ゆかりの燕庵で家元のお点前で濃茶を頂きました。コロナ感染拡大下ということで、各服でいただきました。床の軸は、竹心の「心廣體胖春」。続いて、緝煕堂では、薄茶を頂いて、福引きを楽しんできました。最後に亡指・郁庵で祝い酒と祝膳をいただきました。静かで、心引き締まる年始めの一服となりました。

(瀬川隆生 記)

野村證券の1月号の冊子に瀬川隆生代表の文が紹介される。



(訂正:文中SGDs→SDGs)

7月17日(日) 別荘地の茶事   静岡県裾野市 永原博邸

参加者:瀬川隆生、瀬川知恵子

代表の高校時代の同級生、同窓会役員をしている永原博氏の別荘に茶事に招かれる。あいにくホテルが取れなかったため、当日朝5時起きで着物に着替え、11時からの正午の茶事に向かう。雨模様で、高速は混んでいた。時間を気にしながら、静岡県へ。到着したころ、雨は止んだ。緑の中の整然と整備された別荘地の一角に永原邸のカナダ風ログハウスはあった。
十数年前、ちょんまげ姿のロックシンガーのような永原氏のイメージがあったが、髪を切りそろえ、着物と袴の立派な裏千家教授になって出迎えてくれた。真夏の暑さの中で 虫の音がさわやかな風に乗って涼しさを掻き立てる。
これほど太い、立派なつくりのログハウスをみたことがない。天井がとても高く、銭湯の天井をはるかに超えている堂々とした空間の造りだ。
茶事というので、誰かお手伝いがいるのだろうと思ったが、なんとお一人でのおもてなし。いわゆる一客一亭(正確には2客であるが)の茶事というわけで、もっとも難しい部類の茶事である。
広い木のベランダの隅に瀬戸物の壺を蹲に見立て、横に板を渡した腰掛待合、わらじ草履も準備されていた。待合の部屋は、部屋の天井から釣り棒が下げられ、金具の先に黒い南部鉄瓶を下げてある。高山家具のような古美術的テーブルや骨董品のたんすなどが楽しい。香炉には沈香が仕掛けられていた。
永原博氏は裏千家教授で襲名を「宗博」とおっしゃる。掛物は達磨大師の大きな画賛。薩摩焼の渋い花入れに、ホタル袋と黄色い小花、水引の葉の面白い模様部分をうまくあしらっていた。東南アジア風のラタン屏風が素晴らしい。

まず、食事膳をいただく。六穀米に静岡の桜エビの赤だし、烏賊に生うにを添えた前菜、あなごの白焼きに味噌を各種、煮物、漬物と進んでデザートはカスピ海ヨーグルトに自家製の果実を混ぜて、となかなか凝っている。
一度席を立って、腰掛待合へ。銅鑼が5回響いて席入り。
炭手前となった。なんと炭は自家製というから脱帽だ。少し灰色がかった白炭も作ったものだという。ロビーの隅に屋根を突き抜ける立派なストーブがあって、装飾品だろうと思っていた。昔、アメリカの我が家で暖炉があったが、実際には電気の熱で炎に見える工夫がされていて、ああいったものだろうと思ったら、実際に薪を燃やし、しかも、この薪が、茶道の炭に加工されているというからただ者ではない。ストーブの上では手造りの木の実が干されて、干菓子の一部となって登場した。よく見ると凝った風炉先は、永原氏の実家にあった古い欄干を加工したものだった。永原氏は身近にある大自然を最大限利用して、詫びとさびを楽しむ本物の茶人なのだと感心した。
濃茶の練り具合が、また素晴らしかった。人間国宝の清水卯一の鉄釉茶碗は本当に見事なものだった。大棗は千家十職の黒田正玄(13代)写しが飛び出してきた。雨模様で、富士山も見えないだろうとの心遣いから富士山の絵をあしらった替え茶碗も用意してくださり、心のこもったご対応だった。
一人ですべて賄う一客一亭の茶事は、やはり難しいものと思う。少し手順にミスがあったが、ここまでスムーズに運ぶには、相当、前々から準備したのだろう。大変刺激を受けた勉強になる茶事だった。
抹茶は小山園、主菓子は向日葵を表現した虎屋製、干菓子は両口屋是清の「二人静」と自家製干しリンゴだった。

(文責:瀬川知恵子)

7月31日 東京竹風会講習会 「釜についって」

参加者:野口昌美、瀬川隆生、瀬川知恵子
築地本願寺第一伝道会館1階 「振風道場」

これまでになかった釜の講習ということで、是非参加したいと思った。
講演者は、3代重要無形文化財保持者、長野 新 氏。長野氏は山形県菊池保壽堂で修業され、日本伝統工芸展等に連続入選。MOA美術館には「千鳥の釜」が収録されている。

釜は茶席の主といわれる。茶席が行われていることを示すのが、「在釜」、釜をかけている意味である。初めのころの利休記では、まだ釜の文字は出てこない。

釜には制作過程で二つの種類がある。和銑(わずく)と洋銑(ようずく)である。
和銑とは、山を切り出し。から砂鉄を集め、木炭で精錬して鉄を取り出した、大変手間がかかる釜の作り方で、明治になる前まで多かったそうだ。釜の値段は、家一軒分といわれたという。
藪内家がこれまで愛用してきた釜は、越前芦屋真形(剣仲翁)、伊勢芦屋、京都大西系肩衝などである。茶室がつくられると、釣り釜から変化し、炉が小さくなったという。

江戸中期から幕末にかけて、鉄の価格が高くなった。もともと、釜は農家の仕事の合間に十代の若者が生産し、時期は冬に、そして鉄から武器も作れるため、金属管理は国がしていた。
資金力がなくなると、それまでの釜は作れなくなっていったという。
良質な砂鉄の生産地、(最高級は赤目あこめ超一級)島根県奥出雲で問題がおこる。山を切り崩してとっていた砂鉄だが、大自然を破壊することになり、水害などの災害も起こった。釜職人たちは、次第に、「わたり」で職を求めて全国を渡り歩くようになり、そのおかげで鋳造技術が全国に広まった。明治維新以降になると、どこにも属さない釜作家も台頭してくる。
勝海舟が活躍した時代になると、違う種類の鉄から釜がつくられるようになる。ベローマンガンを混ぜて作る方法である。衝撃を吸収でき、溶解温度が低いため、コストが安く、人件費が浮いた。この技術で、多くの道具がつくられるようになる。

釜のつくり方は、土の中から砂鉄を取り出し、溶解して地金の鉄にする。そこから、溶解して釜型へ(中の表面に、にかわと粘土を混ぜて塗る)はめ込み、絵師がデザインを考え、絵をつけていった。ほとんどの釜師は10代の人々だったというから驚きだ。
和銑と洋銑の見分け方は、たたくと、和銑は金属音がし、錆に強い。洋銑はぼこぼこいう音がするという。
釜の扱い方は、通常は、急激に冷まさないこと。また、急激に熱湯を入れると霜状になる。IHは使わない。釜を運ぶときは、なるべく釜環を使う。

釜は湯を空けるとき、熱い湯が入った釜の上から直接、水をかけていく。手で触れるようになれば、底と口をもって、水を捨てる。このときは、釜環は痛むので使わない。
錆びたら、亀の子たわしや金属たわしでこする。さらに味のあるものを入れて3時間煮る。そのあと、水にかえて4時間煮る。まだ錆落としの効果がなければ、繰り返す。
「釜は白金なり」といわれ、使ったあと、砂で磨くのがよいとのこと。
ただ、ひどいさびは、第4酸化鉄になり、毒であるので、専門家に出す。

釜の蓋は、唐かねでできていて柔らかい。しまうときは、水につけないで。、柔らかい布で拭き、紙や布に包まない。つかり網に入れて、風通しを良くするとよい。炭手前のときの水量は、釜に5分の一ぐらいでよい、通常の釜の水は、環付きの高さまで水を入れると、掬いやすい。

しまい方について、の説明が一番面白かった。実は、箱に入れるだけでよい。
布や紙をまかない。もとは、そのまま、さかさにして吊り下げて保存したものである。
献上品として出すようになってから、人々は箱に詰め、紙や布を巻き始めたという。

美術工芸展が開かれたときは、時代物の釜が並ぶ展覧会を狙う。釜専門家のおすすめはさくら美術館、五島美術館など。

(レポート:瀬川知恵子)

8月26日(金)~28日(日) 令和4年度夏期講習会(京都家元主催)

参加者:瀬川隆生、瀬川知恵子、中村良子、MM, 野口昌美、上田福子、松久保忠宏
以上、7名。

1日目 8月26日(金) 晴れ

初日午前中は準教授以上の段位の講習会であった。当研究会の瀬川代表が参加され、講習内容は茶巾置天目薄茶とのことであった。私はまだまだそのレベルではないが、大変興味の沸く点前である。
お昼に受講後の代表と社中の方々と待ち合わせ、昼食。西本願寺門前のICHOYAで湯葉丼を頂く。湯葉がメインの丼は初めてであったが、量も十分にあり大変美味であった。
午後は、西本願寺の裏手にある様々な襖絵や書院、歴史ある能舞台を拝観。西本願寺の裏にこれほど広く重要な建物が隠れていたのは驚きであった。
その後、修復が完了した国宝の飛雲閣の特別拝観。晴れた空に一段と美しくなった飛雲閣が見事に映えて、特異な芸術的外観と共に歴史の重みを感じる感動的な風景であった。

特別拝見後は西本願寺を離れ、藪内流御用達の「末富」に行き、各々好みのお菓子を購入。様々な季節の主菓子は拝見するだけでも楽しいものがあり、私は「葛焼」を購入。その夜にホテルの部屋で頂いたが、思ったよりも大きさ・食べ応えがあり美味しく満足であった。

夕食の場所に向かう途中、本能寺に立ち寄った。
ちょうど境内で開催されていた展覧会で様々なゆかりの品々と共に、かの有名な「香炉 三足ノ蛙」を観ることができた。「本能寺の変」の前夜に突然鳴き始めて、織田信長に異変を知らせたという伝説を持つ香炉である(信じるか信じないかは別として)。その伝説や見た目の風貌も相まって、妖艶な雰囲気を漂わせるものであった。

夕食は、当会定番となりつつある角倉了以の別邸跡にある「がんこ二条苑」へ。
食事の前に、滝のある苑内の庭園の散策や秀吉の金の茶室と同じ作りの茶室などを拝見。食事も個室で懐石料理を冷たいビールと共に堪能。各自でその場で豆腐を作って食すなど、趣向の凝った懐石料理であった。

初日から様々な拝観・買い物・食事など盛り沢山で、1日で既に数日を過ごしたような充実感があった。

2日目 8月27日(土) 晴れ

この日は朝から着物で参加。やはり着物を着ると気持ちも意識も変わり、シャンとして背筋が伸びるのは心地良いものである。
午前中は入門以上の段位の講習会であった。
この講では、基礎講座としてふくさ捌きや棗・茶碗の持ち方、棗や茶杓の拭き方などを学ぶ。それに加え、二段棚薄茶と長板諸飾濃茶の模範点前を拝見する。
どんなに長くお稽古を続けていたとしても、あらためて基礎の点前をきっちり示されるとはっと気付かされる点も多く、大変勉強になった。

燕庵の公開時間が限られていたため、午前と午後の講習会の合間を縫って見学に行く。
私にとって燕庵を訪問するのは初めてであり、表門を潜るころから気持ちが高揚し、緝熈堂や学市軒、雲脚・談古堂、露地、源霊閣・須弥蔵を順に拝観したが、肝心の燕庵が修復中で外観さえも拝見できなかったのは大変残念であった。しかしながら、とても京都の喧騒の中にある場所とは思えないくらいの威厳ある静けさと歴史的建物群の中に身を置くと、代々大切にされ受け継がれてきた藪内流茶道の重みと、その一端を学ばせて頂ける喜びをひしひしと感じた。

午後は誓約(中段)以上の段位の講習会。
この講では、唐物点前と台茶碗濃茶の模範点前を拝見する。
いずれも中段以上の点前としてなかなか面白く奥の深い点前であるが、やはりここでも基礎の点前の重要性を感じさせる内容であった。

午前・午後共に姫野先生による熱心なご指導により、気の引き締まる講習会であった。

夜はリーガロイヤルホテルにてお家元を囲んでの懇親会に参加。料理が美味しく雰囲気が良かったのは勿論であるが、ここまでお家元を身近に迎えお声掛けできるのは、藪内流の良さの1つではないかと思う。

3日目 8月28日(日) 晴れ

午前中は小免以上の段位の講習会であった。当研究会の瀬川代表が参加され、講習内容は拝領茶杓および唐物天目とのことであった。
最後に今回の受講の証として、お家元筆の「直下三千丈」と書かれた色紙を頂戴した。

今回は初めて西本願寺境内の安穏殿で行われる講習会となり、今まで何回も参加された方にとっても新鮮味があったのではないだろうか。

夏期講習は午前中で終了し、午後は社中の皆で京都を散策。
まずは藪内流御用達の美好園茶舗を訪問。店主とご家族との談話も楽しく、頂いた抹茶ソフトクリームも絶品であった。
祇園界隈に移動し、鍵善良房にて「くずきり」を頂く。常に行列ができるお店だけあって、なめらかでのど越しも良く、黒蜜を絡めてのくずきりは大変美味であった。
最後は八坂神社にお参りし、今回の夏期講習会および京都散策の終わりとした。

末筆ながら、今回の夏期講習会を準備され無事に終わられた竹風会の裏方ご担当の方々や、受付等をお手伝いされていた龍谷大学の学生の皆様の多大なるご尽力・ご苦労に心からの感謝を申し上げたい。

これからも益々茶道の道を精進していきたいと思う。

(文責:松久保忠宏)

藪内流青年会設立記念茶会 令和4年10月16日

参加者:福本敦子、中村良子

(写真 天球院さんの玄関 在釜の看板がかかる)

今回のお茶会には、新宿研究会からは2名で参加しました。正式なご報告は青年会事務局にお任せいたしまして印象などをレポートいたします。
当日は朝からからりと晴れまして、袷は暑いかなと言いながら着付けして午前中には京都国立博物館での茶の湯展へ。墨蹟もお茶碗もテキストで見るような名物がたくさんたくさん展示されておりました。いささか消化不良気味になりながらも、燕庵名物の藤四郎肩衝も拝見でき、お茶会への気持ちも高まります。
お茶会が行われたのは、妙心寺さんの塔頭の一つの天球院さんです。青年会設立を記念してのものですが、新型コロナウィルス感染拡大の影響により延期されていたもの。襖絵の素敵な待合いから大広間へ誘導していただきお濃茶をいただきました。お軸は透月斎宗匠のお筆によるめでたくかしくがかけられ、その大ぶりの筆運びとひさごの花入れ面壁に菊づくしのお花(菊をしょった達磨さん?)とが相まってなんとも素敵な雰囲気です。末富さんのきんとんも今の時期はまだ緑を多く残して、広間から臨む緑がちのお庭のこれからの移ろいが楽しみに感じられました。
お薄のお席は二階の大広間へ。ベンガラの広いお床に、中村祖順老師のお筆による関がかけられ大きな筒形の九谷の花入れに照葉とホトトギスが入れられて、すべてが和のものなのにゾクゾクするようなエキゾチックなしつらいでお茶が楽しみになります。いただいたお菓子は御室のいと達さんのトラ最中でした。おでこの虎縞がなんともかわいらしく、どこから食べようかとひそひそ声が聞こえてきます。楽しくお茶をいただいてお道具の取合わせについてご正客とご亭主がやりとりされるのをうかがいながらお庭の景色を眺める素敵なひとときを過ごさせていただきました。お席のあとは蓬庵を拝見。ちょうど廊下をご相伴席にされているとのことでそこだけ廊下に畳が敷かれ戸を閉めると躙り口が逆についてる燕庵同様のお茶室となるとのこと。母屋つづきなのに閑な空気が漂いとても落ち着く空間でした。天球院さんでは方丈などの襖絵も拝観しキヤノン社のデジタル技術による複製の仕方などについても丁寧にご説明いただき興味深く拝見しました。
 天球院さんを失礼したあと、大方丈のご本尊にお詣り。法堂の雲龍も拝見し、禅の公案で有名な退蔵院さんでお庭を散策して落雁「これなんぞ」(なかのドライフルーツがなんだったかはお楽しみ)をお土産にして帰途につきました。
会を主催してくださった方々のお心づくしに感謝いたします。ありがとうございました。

(写真 退蔵院さんのお庭)

(文責 中村良子)

令和4年10月18日火曜日 ラジオ府中ズ出演

FM87.4MHZ ラジオフチューズ 1200-1330
「りゅりゅとみちこの幸せ時間★ボナペティ」に出演

瀬川隆生(古儀茶道藪内流新宿研究会代表)、瀬川知恵子

はじめてラジオ番組出演のお声をいただき、ワクワクとドキドキが入り混じった気分で朝を迎える。スタジオは緑に囲まれた府中市の駅近く、可愛らしいお洒落な街角にあった。パーソナリティのみちこさんとのりこさんがやんわりした居心地の良さを提供してくださったので、つい口が軽くなった。私たちが茶道にかかわるようになったきっかけや、古儀茶道藪内流について、その精神と他流派との違いを説明。現在、心から気に入って稽古を続けていることを話した。瀬川代表は、20年の海外駐在員生活において、特に日本人として、世界の人に対して、自分は日本文化の何を説明できるのか、に苦悩した話に力点を置いているようだった。彼にとってまさに藪内流がその説明の起点になったということのようだった。

長く駐在生活をしてきた私たちは、外国生活の一端も披露した。特に私は、失敗談には枚挙にいとまがないのだが、一つ二つ話すにも時間が足りなかった。

また、私たちが趣味として続けているヨーデル合唱団のコンサートについても紹介。2023年6月16日~18日にスイス連邦のツィークで開催されるスイス全国大会にあたるヨーデルフェストに出場するお知らせもした。工夫を凝らされた番組はあっという間に過ぎて、さすがにパーソナリティの運び方の上手さが光った。本当に素晴らしい経験だった。

興味のある方は、以下の「ラジオ府中ズ」のサイトから、聞くことができるので、乗せておきます。

(文責:瀬川知恵子)

https://drive.google.com/file/d/15dTClkIEPs3Mf5IhKSjg39r88W1hdFE0/view?usp=sharing

一年を振り返って

瀬川知恵子

今年も、コロナ禍の影響で、未だに、稽古は正常な動きではない。一日3回制度、時間をずらし、人数を制限しての稽古である。夏ごろから、コロナは収まり気味になり、夏期講習が三年ぶりに復活。当社中からも多くの方にご参加をいただいた。新宿研究会の中にも都合と変化があり、引っ越しをした人、職を辞した人、時間を取れなくなった人など様々。全体の会員数は当然ながら減少したが、それでも十数名の方が熱心に稽古を続けてくれている。また、稽古を再開したい人はいつでも大歓迎なので、遠慮しないで足を運んで欲しい。

指導する側も、応援したい気持ちと熱意に応えるべく、共に一生懸命稽古に励んだ年になった。成果も出て、多くの会員が昇段を決めている。
稽古場に出ると、会員はみんなキラキラした目をして自分の目指す点前に励んでいるので、私まで元気づけられる。
来年3月26日には、新宿区四谷区民センター恒例の「ふれあい祭り」が復活する見込みで、事務所から、私どもの古儀茶道藪内流新宿研究会に茶会開催の打診をいただいた。是非、お雛様を飾って、また、区民の皆様とともに、華やかな茶会を楽しめればと今から期待している。
とはいえ、なかなかコロナ禍の終息は見えず、むしろ、新しいものも広がりつつある。心を落ち着けて、注意を怠らず、静かに茶道に邁進したいものである。

(事務局 瀬川知恵子)

この一年、季節を飾った富久屋製の主菓子たち